誰かの笑顔が、生きる理由
しろひげ在宅診療所
通院が困難な患者のもとへ、定期的に医師が足を運ぶ「訪問診療」。2018年、訪問診療専門のクリニックとして江戸川区東瑞江に開設された「しろひげ在宅診療所」では、現在約200人のスタッフで、約1700人の患者の診療に当たっている。元三重県松阪市長で現院長の山中光茂医師に、江戸川の地でどんな想いで訪問診療に取り組んでいるのか、話を聞いた。

自宅での看取り率80% 全国平均5倍を実現
がんの終末期など、重症度が高い患者を自宅でケアし、看取りまで寄り添う。それが、しろひげ在宅診療所の信念だ。
「在宅での看取り」をうたった医療機関は数多いが、実際は実現に至らない割合が高い。「ある調査では、自宅での看取りを希望する家族は50%を超えているのに実現率は全国で約17%にとどまっている」と、山中院長は理想と現実のギャップを語る。
その中、同診療所はおよそ80%もの患者を自宅で看取っている。理由の1つが、職員全員が常勤で、24時間365日、責任をもって患者と向き合っていること。そして、地域のケアマネジャーやヘルパー、介護士などと連携を密にしている点や、24時間型の訪問看護や介護サービス事業を自前で展開している点も、自宅での看取りを実現させる重要なポイントだという。院長は、「地域全体で患者さんに向き合い、最期まで支えるクリニックでありたい」と話す。
「家でも大丈夫」ではなく「家で大丈夫」と断言する
患者家族の介護に対する価値観もまた、自宅での看取りを遠ざける要因となりうる。外部に頼らず家族だけで介護することにこだわるあまり、介護疲れを起こし、仕方なく患者を病院や施設に入れることになってしまう。また、「自宅での介護は負担が大き過ぎて無理」と不安を感じて、はなからあきらめているケースも多い。
「私はご家族に『家で大丈夫です』と断言します。病院でも施設でもスタッフが付きっきりで見ているわけではない。薬や介護のプロ、医師に頼れば、自宅でも負担なく介護できます」。この院長の言葉は、家族はもちろん、家族に迷惑をかけたくないと考える患者本人にとっても大きな希望となっている。
精神疾患の患者にも寄り添う
同診療所は精神科の在宅診療にも対応している。
ひきこもりやアルコール依存症、重度の統合失調症などの患者は通院が難しく、在宅診療のニーズは高い。しかし、精神疾患を在宅で診られるクリニックはそれほど多くないのが現実だ。
それでも山中院長は、「どんな疾患、どんな患者も受け入れる」という方針から、精神疾患の患者も断ることなく、他院では難しいと判断された患者も根気強く支え続けている。
精神疾患の患者に「がんばらなくていい」と声をかける医師や家族は多い。「でも、回復や社会復帰には、がんばってもらうことも大切」と山中院長。適切に薬を用いて調整しながら、「ちょっとがんばってみようか」と伝えて導いていく。
「がんばろうと言ったからには、徹底して寄り添う。それは看取りの場合も同じ。『家で大丈夫です』と言ったからには、24時間365日、責任を持って支えます」
地域のあらゆる困りごとを多様な事業で受け止める
同診療所は、訪問診療のみならず、訪問介護や訪問看護、栄養相談、介護相談、居宅型介護施設、障がい者や若者の就労支援、ひきこもりやヤングケアラーの居場所づくりなど、多様な事業を展開している。これらは全て、訪問診療を通じて見えた課題を解決すべく立ち上げたものだ。
患者の生活を見ていると、医療サービスだけでは支えきれないさまざまな困りごとが見えてくる。「ビジネスとして考えれば、新規事業を立ち上げるよりも、すでにあるノウハウを使って訪問診療だけを他地域で展開するほうが簡単だし、利益も見通しやすい。けれど、私たちは江戸川区内で事業を拡げ、医療・福祉・生活を支えることを決めたのです」
今年の8月からは、生活困窮者に向け訪問型無料低額診療事業を始めたという。なぜここまで、患者のために尽くせるのか、院長に聞いた。
「私自身がひきこもり経験者で、やりたいことや生きる意味がわからない時間を過ごしてきた。でもあるとき、関わった他者が笑顔になったり、喜んでくれることで生きる実感を得られるとわかった。この仕事は私の生きる理由です」
江戸川区に骨をうずめる決意だという山中院長。地域住民に向け、「看取り、介護、ひきこもり、不登校、子育てのこと…。何でも気軽に私たちに相談してください。居場所づくりの一環として不登校・ひきこもりの当事者やその家族が気軽に立ち寄れる居場所も運営しています。『しろひげファミリー』をうまく利用し、頼ってください」とメッセージを送る。
在宅診療のイメージが一変する、同診療所の取り組み。地域における共助の重要度が増す中で、モデルケースとなっていくだろう。
