法善寺で追悼の法要
今から140年前、コレラの大流行から地域の人々を守るため奔走し、自らも感染して命を落とした行徳村の巡査、瀧政吉さんをしのぶ法要が8月6日(木)、法善寺(本塩1)で営まれた。
明治19年(1886年)の夏、行徳村ではコレラが猛威を振るい、約200人が亡くなった。当時はコレラに関する知識が十分になく、葬儀に参列した人々から感染が広がったという。
瀧巡査は、感染予防の重要性を説くために昼夜を問わず村内を1軒1軒訪ね回った。感染への恐怖が広がる中でも村人に寄り添い、予防の必要性を伝え続けた。しかし、懸命な活動もコレラの猛威を食い止めることはできず、瀧巡査自身も感染。33歳という若さで殉職した。
その功績をたたえ、明治22年には法善寺に顕彰碑が建立された。
この日の法要では、同寺の河本住職が顕彰碑に向かって読経し、野水裕介行徳警察署長をはじめ署員、行徳警察署警察官友の会、行徳郷土文化懇談会のメンバーらが静かに手を合わせた。
野水署長は「行徳地区の安心安全を守るために使命を果たした瀧巡査の遺志を受け継ぎ、管内の治安に全力を尽くします」と述べ、地域の安全を守る決意を新たにした。












