8月8日(金)、市川市本塩1の法善寺で、明治19年(1886年)のコレラ流行時に行徳村の住民を守ろうと奮闘し、33歳で殉職した瀧政吉巡査の法要が営まれた。地元警察や関係者が参列し、その献身的な行動を偲んだ。
当時、行徳村ではコレラの知識が乏しく、感染拡大の危険を知らないまま感染者の葬儀が行われ、参列者らが次々と感染。村では200人もの命が失われた。
瀧巡査は感染源となった家族を非難するのではなく、昼夜を問わず村の一軒一軒を巡回し、感染予防の重要性を説き続けた。しかし、激しい流行の中、自らも感染し殉職した。明治22年、その功績を称える顕彰碑が法善寺境内に建立されたという。
この日の法要では、法善寺住職が顕彰碑前で読経を行い、相川隆一行徳警察署長をはじめ署員、行徳警察署警察官友の会のメンバーらが手を合わせた。
相川署長は「村人を守ろうとした瀧巡査の遺志を受け継ぎ、管内の治安維持に全力を尽くします」と述べ、行徳郷土文化懇話会名誉会長の田中愛子さんも「行徳のために身を挺した若い警官がいたことを、これからも語り継ぎたい」と話した。
瀧政吉巡査の殉職から139年。コレラという未知の病に立ち向かった一人の警官の姿は、今も地元の心に生き続けている。
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